ろじうら小道

日々のつれづれ。

えびす講とべったら市――恵比須さんは神無月におけるヒーローだった

旧暦における月の呼び方(和風月名)では、10月のことを神無月と言う。

「神が無い月」と書くのは、この時期に全国の神様が出雲大社に集まるから。

逆に神々が集う出雲では「神在月」と呼ぶ。

 

――という話は広く一般に知られていますが、ある時ふと疑問に思ったことが一つ。

 

それは、「神無月」に出雲以外の神社に詣でた場合、神様は居ないのか? ということです。

 

(※出雲に集うのは所謂「国つ神」だけという説もある。また、神無月の「無」は「有・無」の「無し」ではなく、「神無月=神の月」とする説もある。ただ語源はともかく長い歴史の中で神無月は「神が不在の月」という捉え方がされていて、それに基づく伝承や風習が生まれたのは紛れもない事実なので、ここでは説の真贋には重点を置かない)

 

出雲以外の場所に住まう民の声は、神々に聞き届けられないのか?

人間が考えることは時代が進んでも大して変わらないというか、昔の人々も同じようなことを思ったようです。

そこで「留守神」という概念が生まれた。

神無月(かんなづき)に出雲に参集せず、その土地にとどまるという神。恵比須神が多いが、地方によって違いがある。(デジタル大辞林より)

上の引用の通り、全国的に留守神としてポピュラーなのは恵比須神

皆が留守にしてる中、えべっさんだけは変わらず見守り続けてくれてると思えば、そりゃありがてぇ……! となるわけで。

彼に感謝し商売繁盛や五穀豊穣を祈願する行事がいわゆる「えびす講」です。

えびす講は全国各地で行われていますが、東京だと「べったら市」がその流れを汲むお祭りだそうな。

日本橋の宝田恵比須神社の門前で行われていたえびす講で、べったら漬けがよく売られていたことから、「べったら市」と呼ばれるようになった、というのが由来らしい。

(東京出身のクセにその事をつい最近知りました……。べったら市は単にべったら漬け売ってるお祭りくらいの認識だった……恥ずかしい><)

 

ちなみに、べったら漬けは大根を砂糖と麹に漬けた甘いお漬物のこと。

表面がとてもベタベタしていて、着物にもべったりと付いてしまうことから「べったら漬け」という名前になったそうです。

個人的には、ご飯の御供というよりはお茶請けにした方がいい食べ物だと思っています。甘いので。

 

なお、べったら市は他の多くのえびす講同様、毎年10月19日、20日に行われています。